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アリスに捧げる花冠。

   好きな時に好きなものを好きなだけ!

As you like, All thing in the world is yours...

ちくわの味噌汁と塩鮭

 うちには夜の8時になると来客がある。私はいつも、その時間を目指して夕食を作るのだ。
 グリルとコンロに火をかける。ジリジリ。コトコト。そんな音を鳴らすキッチンに、小気味いいチャイムの音が響いた。
 なんの変哲もないマンションの呼び鈴。そこになんの感情も湧かない。ああ、もうそんな時間か。その程度だ。
 玄関の開く音がして数秒、リビングに続く扉が開かれる。

 

「お疲れ様」
「おう」

 

 よく見知ったスーツの男が鞄を片手にネクタイを緩める。この男とももう随分長い付き合いだ。高校の時からだから、多分10年近くになる。
 黒い鞄とネクタイを放り投げ、スーツの上着だけは、カーテンレールに掛けっぱなしのハンガーに引っかける。どうせならネクタイも一緒に掛ければいいのに。
 私は時々この男の基準がよくわからない。ネクタイは放り投げるけど上着はハンガーへ。勝手に家に入り込むけど一応呼び鈴は鳴らす。
 曰く、良心らしいが意味がわからない。まぁ、彼のために玄関を開けておいたり、カーテンレールにハンガーを常備している私自身も大概意味がわからないのだけど。

 

「今日何?」
「焼き鮭と味噌汁」
「ん、米入れるぞ」

 

 水道で手を洗い茶碗を取り出す彼を尻目に、グリルから鮭を引き出す。少し焦げた気もするけど、どうせ食べるのは私とこの男だけだ。
 鮭の寝転んだ皿をコンロの近くから避難されたら、男の手によって拐われていった。

 

「ありがと」

 

 テーブルの上を着々と夕食仕様に変えていく男の背中に投げ掛けて味噌汁をよそう。
 冷蔵庫からほうれん草の胡麻あえを出してテーブルへ運べば、今夜の食卓の完成だ。

 

「いただきます」
「はいどうぞ」

 

 大学の頃から始まったこの夕食会も、時間は変われどずっと続いている。
 今日は何があった、とか。明日はこんな予定だ、とか。そんなことを話して箸を進める。

「そういやさ、」
「うん?」
「お前の味噌汁ってちくわ入ってるよな」

 

 このままじゃいけない、とは思う。
 でもずっとこのままならいい、とも思う。


「うちじゃ小さい頃からずっと入ってるけど、嫌いだった?」
「いや、普通に上手いよ」
「そう、良かった」

 

 何も言わない男の箸の行方を眺めつつ、自分の皿の上に横たわった塩鮭を解す。寂しい左手は見えてないフリ。
 少し焦げた鮭は、やっぱりちょっと苦かった。

 

****

 ふと浮かんだので。

    ただ、最初のイメージではもっとほのぼの日常ご飯物だったはずなのにいつの間にか別れ間際のカップルみたいになってた。

    なぁにこれぇ?

 

    うちの家は味噌汁にちくわ入れないけど、入れるところもあるらしい。

     ご飯は面白いよね、その家の味が出るもん。

In the east my pleasure lies...